今月の話
身延山御草庵開闢会
6月17日。日蓮聖人が文永11年5月17日に身延山に入られ、1ヶ月後の6月17日に庵室(あんじち)を身延山の西谷に完成された日です。日蓮聖人は、法華経における釈尊の実語を信奉するように諫(いさ)めさとすことにならい、鎌倉幕府に対して、三度の諫暁(かんぎょう)をされました。一つは、文応元年7月16日に「立正安国論」を時の執権北条時頼に上呈したとき、宿谷最信に対して諫暁。二つ目は文永8年9月12日に逮捕された時、平頼綱への諫暁『龍口法難会』。三つ目は佐渡流罪を赦免されて、鎌倉に帰ってきた文永11年4月8日に平頼綱への諫暁をいいます。日蓮聖人はこの三度の諫暁が受け入れられなかったので、「三たび諫めて聴かれずんば、則ちこれを去る」という故事に習って、山中に身を隠されたのです。
更衣
6月1日と10月1日を現代では衣替えの日として、新聞では、銀行の女子行員の服装の写真をオフィス街で撮っています。「ころもがえ」は広辞苑でさがすと、「更衣・衣更」と書き、季節の変化に応じて、衣服を着替えること。と載っており、また、平安以降4月朔日より袷(あわせ)を着、5月5日から帷衣(かたびら)、8月15日から生絹(すずし)、9月9日から綿入れ、10月朔日から練衣を着用ときまっていました。また、江戸時代は、4月1日、10月1日を春夏の衣を替える日としました。これは旧暦で現代とは、約1ヶ月違います。
日蓮宗においては、日蓮聖人の祖師像を衣替えするのは、現代と同じでありますが、衣替えする祖師像は、裸像の彫刻をした祖師像だけです。
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